■【はじめに】炎上も怖くない!?
パリ五輪での日本選手の活躍ぶり、素晴らしいですね。ティーンエイジャーの選手が狙い澄ましたようにメダルを獲得していく様子は、呆気に取られてしまいます。金メダルが確実と思われていた選手がまさかの敗退に帰する場面もありましたが、その後のインタビューでは気丈な姿を見せていました。
それにしても、みなメディア慣れしているといいますか、競技中のみならず、インタビュー中も落ち着いていて、コメントもとても立派で、舌を巻くばかりです。
何かとすぐ炎上する世の中ですから、気も使うだろうなぁと思ったりもするのですが、いやいやさすがは世界最高峰で戦っている人たち、メンタルも強そうですね。外野でつまらない批判をしたり、「炎上」だとか言って煽っている人たちなど、モノともしていないように見えます。
■【今月のトピック】バリヒンドゥー
「国民の9割がイスラム教徒であるインドネシアにおいて、バリ島の住民だけは大半がヒンドゥー教を信仰しています。なぜかと言いますと・・・
16世紀に、それまでインドネシアで栄えていたヒンドゥー教国「マジャパヒト王国」がイスラム教の勢力によって滅ぼされ、その後はイスラム教が広まったのですが、マジャパヒトの王族・貴族がバリ島に逃れてヒンドゥーの教えを守ってきた、と言われています。
インドから伝わったヒンドゥー教が、土着の宗教と融合してバリ独特の宗教になっているため、バリヒンドゥーと呼ばれています。仏教や神道の考え方と共通したところも多く、我々日本人にも理解しやすいのではないかと思います。私自身は無宗教ですが、バリヒンドゥーの考え方には興味を惹かれます。今日はそのバリヒンドゥーについて少しご紹介させていただきますね。
記念すべき(?)100通目のメルマガなので、少々長めに語っちゃいますが、お付き合いくださいませ。
●三大神
インド発祥のヒンドゥー教は多神教で、世界創造の神「ブラフマー」、生命を維持する神「ヴィシュヌ」、破壊の神「シヴァ」の三大神を筆頭に置いています。
バリヒンドゥーもこの三大神を置いていますが、表向きは一神教ということになっています。なぜかと言いますと、インドネシアが独立するときに制定した憲法に、「国民は一神教を信仰する」と謳われていたためです。憲法に適うよう、いわば苦肉の策として「サン・ヒャン・ウィディ」という唯一神を置いたのだそうです。そして、三大神は「サン・ヒャン・ウィディ」の化身である、ということにしています。
創造、維持、破壊。三大神のつかさどる役割のうち、私が興味を持ったポイントの1つが「破壊」です。この世のすべてのものは永遠ではなく、いつかは破壊される。破壊がなければ再生もされない。破壊は、次なる創造を生み出すためのアクションである。創造、維持、破壊のサイクルで世の中は回っている・・・。
破壊は勇気がいるけれども、大事なプロセスなのですね。
●そのほかのたくさんの神様
バリヒンドゥーでは、三大神以外にも、地域ごとの土着神や家系の祖霊、および自然界やさまざまな物体に宿る霊魂がいると考えられています。そのあたりは、日本人の感覚にも似ている気がしますね。ピンチのときはご先祖様に手を合わせたり、学問の神様や縁結びの神様を拝んだり、初詣は近所のお寺で済ませたり・・・。
日本人の、この仏教と神道がごちゃまぜになっているところは、バリ人にも共通しているような気がします。でも、バリ人の方が、より信心深いといいますか、宗教が日々の生活に溶け込んでいるように思われます。
バリの人々は、毎朝いろいろなところにチャナンをお供えしながらお祈りをします。チャナンとは、葉っぱで作られた小さなカゴに花や果物やお菓子をのせたもので、火を点けた線香を添え、聖水をふりかけて、お供えします。家の祭壇、出入口、道端の石像、砂浜、車の中、など、いたるところにチャナンが供えられています。
チャナンの写真は
こちら
そのほか、満月の日には正装して寺院を参拝したり、先祖の霊をお迎えする日本のお盆のような儀式もあって、常に神様の存在を意識しているように感じます。
●善と悪の共存
すべての物事は善と悪、生と死というふうに相反した形で存在し、それらのバランスが維持され共存することで世界が成り立つとされています。そして、そのバランスが崩れると禍が起こると考えられています。
これは、私が興味を持ったポイントその2です。一人の人間にも、善の心と悪の心が共存している。何事にも、表と裏の考え方が存在し、どちらか一方が正しいというわけではない。
この考えは、昨今の世の中に足りない「寛容さ」を意味しているのではないかと思います。世知辛い日本の社会にも、ぜひ広まってほしい!
バリでは、白と黒のチェック柄の布をよく見かけます。道端の祠や、石像の腰に巻かれていたり、男性がお祭りのときに腰に巻いていたりします。白は善、黒は悪というふうに、相反するものを象徴しているのですって。
白黒チェックの布は
こちら
●輪廻転生・因果応報
バリヒンドゥーでは、人は死んでも魂が残って祖霊神となり家族を守護します。そして祖霊神としての役目を終えると再び現世に生まれ変わると考えられています。
世の中には、まじめに働いているのに貧しい人もいれば、遊んでばかりいるのに裕福な人もいます。これは、前世での行いが影響しているのだそう。前世で徳を積んだ魂は、生まれ変わったときには幸運に恵まれ、前世で悪行を積んだ魂は、生まれ変わったときに苦難の人生を送ることになるわけです。前世から与えられた幸運/不運の人生をどう過ごすかによって、また次に生まれ変わったときの人生に影響を及ぼします。どんな状況においても善行を積んで生きれば、やがて魂は解脱して神と一体化することができますが、修行が足りなければまた人に生まれ変わるのだそう。
これは、私が興味を持ったポイントその3です。
人はそもそも平等などではない。自分が他人より不運であっても、他人のせいにしたり社会を恨んだりしないで済むための心のよりどころが、宗教なのだ。神に祈れば助けてもらえるわけではなく、献金をすれば救われるわけでもなく、自分の魂を救うのはほかでもない自分である。そう思えるようになることが真の「救い」なのではないでしょうか。宗教というのは本来そういうものだと思うのです。
教義を過大解釈し厳格化し、それに従わない人を拒絶したり罰したりすることが宗教ではないはずです。
輪廻転生や因果応報の考え方は仏教とよく似ていますよね。ちなみに、仏教では、現世での行いによっては人間界以外にも生まれ変わりますが、バリヒンドゥーでは、生まれ変わる先は人間界のみで、しかも同じ家系の中に生まれ変わるのだそうです。なので、赤ちゃんが生まれて3か月を迎える頃、何代か前のご先祖様の魂が宿ったとする儀式を行うんですって。3か月までは、まだどの魂も宿っていない、神聖な存在とされています。
バリヒンドゥーについて、私はまだまだ知らないことだらけですし、都合よく解釈しているだけかもしれませんが、自分が凹んだ時に、スーッと気持ちを楽にしてくれるような、身近で温かい宗教だという気がします。